沿革

動画で見る遊学館の歴史

遊学館高等学校の創立者 加藤 広吉、せむ夫妻の紹介です。

遊学館高等学校の第2代学校長 加藤 二郎 先生の紹介です。

沿革

明治42年頃の木造校舎

本校は、明治37年11月、当時本県師範学校教諭であった加藤廣吉が、県下において、高等小学校を卒業し た女子の進学する学校がないことを嘆き、女子教育の振興を計るため、女子に必要な高等普通教育を授け、 かつ師範学校への入学を志す者のために予備学科を教授する目的で、金沢市下主馬町(現:菊川2丁目)に 金城遊学館を創設した。

明治38年11月 私立金城女学校と改称
明治39年5月 創始者加藤廣吉逝去、夫人加藤せむがこれに代る。
明治40年4月 雪の結晶の中央に梅花一輪を入れた本校の校章を制定
明治41年6月 中本多町3番丁(現:本多町2丁目)に校舎を建設し移転
明治42年3月 校長に加藤茂男が就任
修業年限3ヶ年を予科2年、本科3年の5ヶ年とする。
明治42年3月 第1回卒業式を挙行し、同時に同窓会を創設
明治42年11月 本校創立5周年記念式を挙行
大正13年4月 修業年限5ヶ年の金城高等女学校となる。
大正13年11月 講堂兼屋内体操場を建築
大正14年4月 全国高等女学校長協会に加入
昭和2年4月 校長に堀義太郎、主事に加藤茂男が就任
昭和6年3月 堀義太郎校長が退職し、創始者加藤せむが校長に就任
昭和8年11月 設立30周年記念式を挙行
昭和13年4月 許可を得て生徒定員を750名とする。
昭和18年11月 創立40周年記念式を挙行
昭和19年4月 修業年限を4ヶ年とする。
昭和19年5月 財団法人金城高等女学校設立の件、認可される。
昭和20年9月 修業年限を5ヶ年とする。
昭和22年4月 学制改革により財団法人金城高等女学校に金城中学校を併設
昭和23年3月 財団法人金城高等女学校を廃止
昭和23年4月 財団法人金城高等学校を設置し、校長に加藤せむが就任
昭和26年3月 学校法人金城高等学校に改称(組織変更)
昭和27年3月 金城高等学校附属幼稚園を設置し、園長に加藤二郎が就任
昭和28年9月 中本多町3番丁10番地の4において、鉄筋コンクリート3階建円筒形新校舎の第1期工事に着手
昭和29年9月 新校舎第1期工事を完成
昭和29年11月 創立50周年記念式及び第1期工事竣工式を挙行
昭和31年5月 加藤せむが金城高等学校及び金城中学校の名誉校長となり、加藤二郎が金城高等学校長及び金城中学校長に就任
昭和31年9月 名誉校長加藤せむ先生藍綬褒章を賜わる。
昭和31年11月 名誉校長加藤せむ先生逝去。従六位勲六等に叙せられ瑞宝章を賜わる。
名誉校長加藤せむ先生の校葬を行う。
昭和32年10月 故名誉校長加藤せむ先生「教育の振興文化の向上に偉大なる功績を残し、世上の景仰おかざるもの」として第22回教育塔に合祀される。
昭和33年5月 中本多町3番丁の旧校舎を取り壊し、鉄筋コンクリート3階建ての新校舎建築に着手
昭和33年10月 新校舎竣工式を挙行
昭和36年4月 金城家庭専門学校を開校
昭和39年2月 体育館建築に着手
昭和39年11月 体育館竣工し、60周年記念行事を行う。
昭和40年8月 加藤二郎校長、世界教育者会議参加中発病し、帰国後永眠する。
昭和40年8月 故加藤二郎校長の校葬を行う。
昭和40年9月 学校法人金城高等学校理事長に加藤晃が就任
金城高等学校長及び金城中学校長に加藤晃が就任、金城幼稚園長に谷口孝一が就任、金城家庭専門学校長に加藤津弥が就任
前校長加藤二郎先生、従六位勲六等に叙せられ瑞宝章を賜わる。
昭和42年7月 学校法人の名称を金城高等学校から金城学園に変更し、金城高等学校附属幼稚園を金城幼稚園に改称
昭和43年4月 金城幼稚園教育専門学校を設置
昭和44年5月 鉄筋4階建の金城学園寮を竣工
昭和46年4月 金城高等学校に商業科(定員90名)を新設
金城幼稚園教育専門学校を金城保育学院と改称
昭和47年4月 金城中学校の募集を停止
昭和50年3月 金城中学校及び金城家庭専門学校を廃止
昭和51年4月 金城短期大学(幼児教育科200名、美術科100名)開学
昭和51年6月 金城高等学校学生寮が本多町地内で竣工
昭和52年3月 金城保育学院を廃止
昭和53年3月 松任市笠間町(現:白山市笠間町)〔短大横〕に金城学園運動場を造成
昭和58年8月 金沢市本多町地内に、鉄筋4階建の新校舎及び鉄筋2階建の第2体育館が竣工
昭和59年4月 金城高等学校長に西田正實、金城学園本部長に加納成治が就任
昭和59年11月 創立80周年記念式を挙行
昭和60年3月 金城学園陸上競技場(第3種公認)を松任市笠間町(現:白山市笠間町)に建設
昭和60年9月 金城短期大学開学10周年記念式に三笠宮崇仁殿下がご臨席の上ご講演され、金城高等学校で記念行事に参加される。
昭和61年5月 韓国(ソウル)慶熙女子高等学校と姉妹校の提携をする。
昭和61年6月 金城高等学校に秘書科の設置が認可される。
昭和61年10月 初の韓国修学旅行(普通科2年)を実施し、慶熙女子高等学校と交歓会を行う。
平成元年3月 金城高等学校商業科を廃止
平成元年12月 初のアメリカ語学研修旅行(秘書科3年)をフレズノ(アメリカ・カルフォルニア州)で行う。
平成2年4月 金城高等学校長に中田勉が就任
平成3年1月 第2 次入学試験を廃止し、推薦入学制を導入する。
平成5年3月 初のヨーロッパ(イギリス・ドイツ・フランス)修学旅行と普通科のアメリカ語学研修旅行をサンタクララ(アドリアン・ウイルコックスハイスクール)で行う。
平成6年11月 創立90周年記念式典を挙行し、記念事業を盛大に行う。
平成7年3月 金城高等学校長に有田利一が就任
平成8年4月 金城高等学校を遊学館高等学校に名称変更し男女共学とする。
秘書科の募集を停止し、普通科に一般進学、国際教養、福祉及び美術の4 コースを設置
加藤晃理事長、藍綬褒章を賜る。
平成9年3月 課外教育活動に利用するため、校舎近辺の金沢市幸町地内に土地建物を取得
平成10年4月 金城短期大学幼児教育学科に介護福祉士専攻科を設置
平成11年5月 金沢市錦町地内に土地を取得し、野球場・サッカー場の建設に着手
平成11年7月 遊学館高等学校秘書科廃止が認可される。
平成11年12月 金城大学(社会福祉学部社会福祉学科)の設置が認可される。
平成12年2月 金城短期大学を金城大学短期大学部に名称変更することが認可される。
平成12年4月 金城大学(社会福祉学部社会福祉学科)を開学、金城短期大学を金城大学短期大学部に名称変更
平成12年4月 金城大学長に三澤義一、金城大学短期大学部学長に加藤恒、金城学園法人本部長に加藤真一が就任
平成13年3月 金沢市錦町地内に野球場・サッカー場が完成
平成14年3月 金沢市錦町地内に雨天練習場を含むトレーニングセンターが完成
平成14年10月 石川郡河内村(現:白山市河内町)地内に「金城学園白山連峰美術館」が完成(平成17年開館)
平成16年4月 金城学園副理事長に有田利一、遊学館高等学校長に向孝志、金城大学長及び金城大学短期大学部学長に本田昻が就任
平成16年11月 創立100周年を迎える。
平成17年11月 創立101周年記念式典を挙行し、記念事業を盛大に行う。
平成19年4月 金城大学に医療健康学部理学療法学科を設置し、社会福祉学部社会福祉学科を改組して、社会福祉専攻とこども専攻を設置
平成20年4月 遊学館高等学校普通科開設のコースを特別進学コース、一般進学コース及び金城大学コースの3 コースに変更
遊学館高等学校第2学館の改築工事が着工
白山市立松任西南幼稚園の設置者を白山市から金城学園へ移管し、金城大学附属西南幼稚園として開園
平成21年4月 遊学館高等学校第2学館が竣工
平成21年5月 金城学園副理事長に加藤真一が就任
平成21年9月 遊学館高等学校円形広場・駐輪場が竣工
平成21年10月 遊学館高等学校新校舎竣工祝賀会が行われる。
平成22年4月 金城大学短期大学部学長に中山治男が就任
平成22年10月 金城大学開学10周年記念講演・祝賀会が行われる。
平成23年4月 金城学園法人本部長に加藤博が就任
平成24年4月 金城大学長に奈良勲が就任
平成25年4月 金城学園副理事長に向孝志、遊学館高等学校長に竹田剛が就任
金城大学に医療健康学部作業療法学科を設置
平成25年6月 金城学園創成記念碑「遊学の丘」を設置
平成25年7月 加藤晃が理事長を退任し、学園長に就任
加藤真一副理事長が理事長に就任
平成26年1月 金城学園副理事長に加藤博が就任
平成26年4月 金城大学長に半谷静雄、金城大学短期大学部学長に加藤真一理事長が就任
平成27年4月 金城大学に看護学部看護学科及び大学院リハビリテーション学研究科(修士課程)を設置
金城幼稚園休園
平成27年7月 創立110周年記念式典を挙行し、記念事業を盛大に行う。
加藤晃回顧録『遊学のこころ』を刊行
平成28年3月 遊学館高等学校第1体育館の改築工事が着工
平成28年11月 フランス(ナンシー)ノートルダム・サン=シジスベール校と姉妹校の提携をする。
平成29年3月 遊学館高等学校第1体育館が竣工

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